急性・慢性心不全診療ガイドライン:慢性心不全治療薬 SLGT2阻害薬 vol.9

2020年03月16日

今回は、前回の心不全治療薬の歴史の続編として、新しい心不全治療薬として期待されているナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬を取り上げてみます。

糖尿病は心不全の進展要因であることは、多くの研究で明らかにされています。同時に、糖尿病は心血管疾患の主要な危険因子でもあります。しかし、従来の糖尿病治療薬は心不全に対する予防効果を示すエビデンスに乏しいものでした。ところが、2015年に発表されたEMPA-REG OUTCOME試験において、SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンは、プラセボ群と比較し動脈硬化性心疾患合併の2型糖尿病患者の心血管死および心不全入院を有意に減らしたという報告がなされました。同様に、CANVAS試験ではカナグリフロジンが、DECLARE-TIMI 58試験ではダパグリフロジンが、動脈硬化性心疾患合併の2型糖尿病患者の心不全入院や心血管死を減少させるという結果が報告され、SGLT2阻害薬の心保護作用に注目が集まりました。しかし、それらの試験対象の多くは心不全を合併していない糖尿病患者でありました。そこで、糖尿病合併の有無を問わず、心収縮能低下した心不全患者に対するダパグリフロジンの上乗せ投与効果を検証した大規模試験がDAPA-HFです。糖尿病合併の有無に関わらず、ダパグリフロジン上乗せは有意に心血管死、心不全を抑制するという結果が報告されました。ここで、上乗せ投与と表現するのでは、本研究の対象が心不全の標準治療を受けている(ACE阻害薬・ARB、β遮断薬は9割以上、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬が7割以上導入されている)患者であったためです。つまり、SGLT2阻害薬のダパグリフロジンは、標準治療をうけた心収縮能低下した心不全患者に対する上乗せ心不全治療薬と考えることはできるかもしれません。

これらの結果をみてくると、SGLT2阻害薬がどんな機序で心不全を予防しているのかということへの興味が増しますが、SGLT2阻害薬の心不全への作用機序は、いまだはっきりとわかっていません。その作用機序が基礎実験や臨床研究から少しずつ明らかになっているところなのです。基礎実験や臨床研究などから現時点で考えられているSGLT2阻害薬の心不全への作用を少し紹介します(表1)。SGLT2阻害薬は腎臓の糸球体で、血管から尿管に移行した糖(グルコース)が再度血管にナトリウムと一緒に再吸収されるのを抑制することで血糖を低下げる薬になります。したがって、浸透圧利尿とナトリウム利尿作用による心負荷軽減作用があります。また、心筋にあるNa+/H+交換体への直接作用による心筋収縮改善作用も報告されています。その他、ケトン体増加に伴う心筋ATP産生増加による心筋効率改善作用などが考えられています。

これらから、SGLT2は心不全患者にとって、これまでにない新しい治療薬と期待されます。しかしながら、少し俯瞰的にみてみます。図1-aにみられるように、平均年齢63歳を対象とした、大規模試験からいえるSGLT2阻害薬のリスクベネフィットの天秤は、たしかにベネフィットに傾くと言えるかもしれません。 一方で、我々の在宅診療を行っている平均年齢84歳の超高齢者に対しての天秤は、どうなるでしょうか。 もしかしたら、ベネフィットよりもリスクに傾くことも考えることも必要でしょう。 たとえば、感染や体重減少効果によるフレイル進行リスク、ポリファーマシーの問題などが想定されます。

SGLT2阻害薬は、いまだ駆出率の保たれた心不全患者(HFpEF)への予後改善効果、また高齢者心不全への効果の報告はありません。このため、SGLT2阻害薬を心不全患者の全てに治療薬として投与するには、もう少しエビデンスの蓄積が必要と考えます。 

 

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参考文献

  • J Am Coll Cardiol. 2020 Feb 4;75(4):435-447
  • J Am Coll Cardiol. 2020 Feb 4;75(4):422-434

 

弓野 大

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